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再生装置は供給過剰状態に陥った

六〇年代後半から、戦後まもなくに生まれた大きな人口的ふくらみである「団塊の世代」が二十歳前後になり、レコードの購買層に入ったことも大きい。また彼らの成長とともに、ポピュラー音楽は世界中で学生運動やベトナム反戦運動といった政治運動と結びつき、フォークやロックがそれまでにない勢いで広まっていた。こうして、日本では、フォーク、ロック、ニューミュージックなどそれまでの歌謡曲とはちがう新しいポピュラー音楽が続々と登場した。

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所得が増え、ポピュラー音楽を聴く人口も増え、新しいジャンルも増える。六〇年代後半から七〇年代前半には、そんな好循環があった。おかげで、アナログレコードプレイヤーやカセットデッキ、ラジオカセット(ラジカセ)など再生装置(プレイヤー)も順調に台数を伸ばした。ところが、七〇年代後半から八〇年代前半になると、オーディオディスクの生産額は三千億円を目前にしてぴたりと伸びが止まってしまう。同時に、再生装置の売れ行きも足踏み状態に入る。「買うべき購買層には再生装置は行き渡った」。そんなふうに言われていてもなお、家電メーカーの参入は増え続け、再生装置は供給過剰状態に陥った。